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静岡地方裁判所 昭和30年(行)11号 判決

原告 大河原義基

被告 静岡県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告所有の静岡県富士宮市粟倉字細久保六百六十三番の二山林三反四畝十五歩につき、昭和二十四年三月一日付静岡県る第一一七号買収令書をもつてなした買収処分は無効であることを確認する。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和二十三年十二月二十七日訴外田口忠雄から、その所有の静岡県富士宮市粟倉字細久保七百十四番山林六畝十一歩及び請求の趣旨掲記の土地(以下本件未墾地と略称する。)を含む同所六百六十三番山林一町九反二畝十八歩を代金十九万三千円で買受け、その所有権を取得した。これより先訴外静岡県農地委員会が同年十二月一日自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第三十一条により本件未墾地について買収計画を樹立したところ、被告知事は昭和二十四年三月二日右未墾地買収計画を認可し、同月一日付静岡県る第一一七号買収令書を作成した上、同年八月一日買収令書を交付することができないものとして、これを公告して本件未墾地の買収をした。

二、しかしながら、右の買収処分には次のような違法がある。即ち

(一)  本件買収令書の宛名には、本件未墾地の登記簿上の所有名義人訴外田口孟を表示し、且つ買収処分は同訴外人に対してなされたものであるが、同人は昭和十九年八月二十五日死亡している。従つて、本件買収処分には死者を名宛人とした違法がある。

(二)  被告知事は、昭和二十四年八月一日本件買収令書の交付に代えて公告をしたが、自創法第三十四条、第九条第一項但書、に定める公告は、当該土地所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき、行われるものでこれによつて買収令書の交付と同一の効果を与えようとするものである。従つて、前記のように当該土地所有者が死亡している本件の場合には、右要件に該当しないから、令書の交付に代る公告をなすべきではなく、右田口孟の相続人である田口忠雄は富士宮市(当時富士郡富士根村)粟倉四百三十三番地に居住していたから、同訴外人に対し買収令書を交付すべきであつた。それ故令書の交付に代えて公告したのは自創法に違反する違法な買収処分であるといわなくてはならない。

(三)  自創法第三十一条第五項で準用する同法第八条、第九条による都道府県農地委員会の未墾地買収計画に対する都道府県知事の認可は、買収令書作成の前提要件である。しかるに本件未墾地買収計画に対する被告知事の認可のあつたのは昭和二十四年三月二日であるのに買収令書の作成されたのは同月一日である。従つて、本件買収処分には知事の認可を経ない未確定な買収計画に基いて令書を作成した違法がある。

(四)  買収処分を受けた本件未墾地は静岡県富士宮市粟倉字細久保二百六十三番の山林一町九反二畝十八歩のうちの一部であるが、本件買収令書には右山林の一部地積を表示しているだけで、その範囲を特定する基準を示していない。買収処分は買収の対象となる未墾地を特定することを要するから、買収令書自体においてこの特定を欠く本件買収処分には違法がある。

(五)  自創法第三十四条で準用する同法第九条第二項第二号により、買収令書には、対価の支払方法及び時期を記載しなければならないが、本件買収令書には対価の支払時期の記載がないから、右自創法の定める要件を欠く違法なものであり、これに基く買収処分も亦違法がある。

而して以上の瑕疵は何れも重大、且つ明白なものであるから、本件買収処分は無効なものであるといわなくてはならない。よつて右買収処分の無効であることの確認を求めるため本訴に及んだものである。と述べ、

三、被告の主張に対して、

被告主張事実中二、の訴外田口忠雄が田口孟の相続人であることは認めるが、本件買収処分当時同訴外人がその処分を知つていたこと、及び三、のその主張の日頃買収令書が右田口忠雄に交付されたことは、何れも否認する。仮に被告主張のように買収令書の交付があつたとすれば、本件において買収令書の交付による行政処分と、令書の交付に代る公告という行政処分の同一事項を目的とする前後二つの行政処分があつたことになり、前の処分は後の処分により当然取消されたことになる。ところが本件においては前記の通り令書の交付に代る公告のなし得ない場合であるから、買収令書の公告は無効であつて本件買収処分は効果を生じないものである。と陳述した。(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、被告の答弁及び主張として、

一、原告主張の一、の事実中訴外静岡県農地委員会が、その主張の日に本件未墾地について、買収計画を樹立し、昭和二十四年三月二日被告知事の認可があつたこと、及び買収令書の作成日付が同年三月一日であること、並びにその主張の日に令書の交付に代えて公告をしたことは、何れも認めるがその余の事実は否認する。

二、原告主張の二、の事実中、本件買収令書の宛名が登記簿上の所有名義人訴外田口孟となつていること、及び本件買収処分が、同訴外人を相手方としてなされ、且つ同訴外人がその主張の日に死亡していることは認めるが、本件買収処分のなされた当時右訴外人の相続人である訴外田口忠雄において該買収処分を知つていたものであるから、その効果は同訴外人に及び、従つて本件買収処分は有効である。

三、原告主張二、(二)の事実中、訴外田口忠雄が当時その主張の場所に居住していたこと、及びその主張の日に令書の交付に代る公告をしたことは認めるが、その余の点は争う。本件買収令書は昭和二十四年四月上旬頃旧富士根村農地委員会を通じ、右訴外田口忠雄に交付されたものである。被告知事がその後に令書の交付に代る公告をなしたのは、当時被買収者達が共同して未墾地買収に反対し、買収令書を無視する態度をとり、令書添付の受領書及び対価支払の委任状を提出しなかつたので、買収令書の受領を拒否されたものと考え、念の為更に公告したに過ぎない。

四、原告主張二、(三)の事実中、本件買収令書の作成日付が、昭和二十四年三月一日となつていることは認めるが、これは単に事務上の誤記であつて、本件買収処分は、同年三月二日買収計画に対する被告知事の認可のあつた後右知事の認可を経た買収計画に基いて適法に作成、発行されたものである。

五、原告主張二、(四)の事実中、本件買収令書において本件未墾地が、その主張の山林の一部である地積を表示しているだけで範囲を特定する基準を示していないことは認めるが、本件未墾地が買収令書自体において特定していないとの点は争う。

六、原告主張二、(五)の事実は争う。本件買収令書の対価及び報償金の支払時期欄には「昭和年月日、日本勧業銀行静岡支店」とあり、なお「追つて支払の時期等は日本勧業銀行静岡支店より通知します」と記載してあるが、これは買収令書の受領書及び対価支払の委任状が提出されたとき、対価支払の時期を通知する取扱いになつていたからで、前記のように訴外田口忠雄から、受領書及び対価支払の委任状の提出のなかつた本件において、これを違法ということはできない。

以上、何れの点からも本件買収処分は適法であつて、何ら原告主張のような違法はないから、原告の本訴請求は失当である。と述べた。(立証省略)

理由

一、訴外静岡県農地委員会が昭和二十三年十二月一日自創法第三十一条により静岡県富士宮市(当時富士郡富士根村)粟倉字細久保六百六十三番山林のうち三反四畝十五歩につき、未墾地買収計画を樹立し、被告知事が、昭和二十四年三月一日付静岡県る第一一七号買収令書に基いて、右山林につき買収処分をなしたことは、当事者間に争がない。

二、そこで以下原告主張の本件買収処分の無効原因につき、順次判断する。

(一)  先ず本件買収処分には死者に対してなされた違法があるとの原告主張について考えるに、本件買収処分が当時既に死亡していた登記簿上所有名義人の訴外田口孟を名宛人としてなされたものであることは当事者間に争がないが、買収処分が仮令死者宛になされたとしても、処分当時その相続人において、その処分を知り又は知り得る状況にあつて実質上は同人を相手方として買収処分がなされたものと認められたときには、その処分は当然無効ということはできないものと解すべきところ、原本の存在並びに成立に争のない甲第一号証の三十乃至三十二、成立に争のない甲第一号証の五十一、五十二、五十五、乙第二号証第三号証の一、二に証人田口敦己の証言を綜合すれば、本件買収処分の名宛人である訴外田口孟の相続人訴外田口忠雄(相続人であることは当事者間に争がない。)は、本件未墾地について買収計画が樹立されるや、地主としてこれに反対運動を起し、且つ県農地委員会に対し、原告らを代理人として異議を申立てたこと、及び本件買収当時訴外田口忠雄は東京に居住していたが右異議申立書中の住所としては富士郡富士根村粟倉四百三十三番地と表示し、同所には同訴外人の継母や弟妹が住んでいたこと、を夫々認めることができ、この事実と後記認定のように本件買収令書が、右同所において田口忠雄の弟田口敦己に交付された事実を綜合すると、本件買収処分の名宛人である訴外田口孟の相続人田口忠雄は、本件未墾地の買収処分を知り得る状況にあつて実質上は同人を相手方として買収処分がなされたものと認めるのを相当とし、この認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると本件買収処分には死者を名宛人とした違法があつても、当然無効ということはできないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  次に買収令書の交付に代る公告が違法であるとの主張について考えるに、前記認定の訴外田口忠雄が原告らを代理人として、本件未墾地買収計画に対する異議を申立てた当時、住所地として富士根村粟倉四百三十三番地を表示したいた事実に、前記証人田口敦己の証言により認めることのできる、昭和二十四年四月中旬頃富士根村役場を通じ、右同所に居住していた訴外田口忠雄の弟田口敦己が本件買収書を受領した事実(この認定に反する証人渡井与作の証言部分は信用できない。)を綜合して考察すれば、訴外田口忠雄は買収令書の受領については右田口敦己に委せたものと解すべく本件買収令書は適法に田口忠雄に対し交付されたものと認めるのを相当とし、本件買収処分において、その令書の交付手続には何らの違法はないものといわなくてはならない。原告は仮に右田口忠雄に対する令書の交付が有効であるとしても、同年八月一日に被告のなした令書の交付に代る公告によつて先の買収処分は取消され、しかも後の買収処分はその公告手続に違法があることによつて無効である旨主張するが、同一事項を目的とする行政処分が重複してなされた場合は常に後の処分によつて前の処分が撤回されたものと解すべきではなく、四囲の状況を考察し、後になされた処分から見て前の処分に瑕疵があり、そのためこれが取消されたものと解されるような場合は格別、先行処分が既に有効に完結している以上これと全く同一事項を目的とする後行処分はその目的が不能である点において無効な処分と解するを相当とする。そこでこれを本件についてみるに、被告が昭和二十四年八月一日令書の交付に代えて公告をなしたことは、当事者間に争のないところであるが、先に説示した通り、本件買収処分は同年四月中旬頃既に買収令書の交付によつて有効に完結しているから、この後において被告が右のような公告をなしたとしても、これは意味のない無効な行為といわざるを得ない。従つて、この点に関する原告の主張も採用できない。

(三)  次に原告は本件未墾地の買収計画に対する知事の認可は昭和二十四年三月二日であるのに、買収令書の作成は同年三月一日になされているから、本件買収処分には、未確定の買収計画に基いて令書を作成した違法があると主張するから考えるに、自創法第三十一条第五項、第八条に定める未墾地買収計画に対する都道府県知事の許可が、買収令書の交付(買収処分)の前提要件であることは同法第三十四条第九条の規定から明らかであるが、これが買収令書作成の前提要件になると解することはできない。即ち買収処分の内容は令書の作成により定まるものということができるが、処分の効力は令書の交付により生ずるものであるから、仮令認可が令書の作成前になされていないとしてもこれが、令書の交付前になされた以上、その処分は適法なものというべきで、自創法は許可を経ないで令書を作成することを禁じているものではないと解すべきである。原告は本件未墾地買収計画に対する許可が昭和二十四年三月二日にあつた旨主張するが、前記説示の通り、本件買収処分は同年四月中旬に買収令書の交付によつてなされているものであるから、原告主張はそれ自体理由がないといわなくてはならない。

(四)  次いで、本件買収処分は買収令書自体において買収の自的たる未墾地を特定していないとの原告の主張について考える。本件未墾地が富士宮市(当時富士郡富士根村)粟倉字細久保六百六十三番の山林一町九反二畝十八歩のうちの一部であること、及び本件買収令書においては右山林の一部である本件未墾地の地積を表示しているに過ぎないことは、何れも当事者間に争がない。しかしながら成立に争ない甲第一号証の五十乃至五十二、五十五に前記証人田口敦己及び証人海老名慶一の各証言を綜合すれば、本件未墾地三反四畝十五歩については静岡県農地開拓課において昭和二十三年九月頃、前記細久保六百六十三番の土地の測量をした上、分筆の登記こそしなかつたが、杭を打つてその範囲を特定したこと、及び本件未墾地買収計画の樹立当時、本件未墾地として右特定の部分が買収の目的となつていることは、関係人に十分に知悉されていたこと、を夫々認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

右事実によると本件買収処分の対象となつた未墾地の表示が、これを含む一筆の土地を表示してあつたとしても、地積を表示してあることにより、買収目的地として令書自体において特定されているものと認めるに妨げない。よつて原告のこの点に関する主張も亦採用できない。

(五)  更に原告は、本件買収令書には対価の支払時期の記載がないから、これに基く買収処分は違法であると主張するに対し、被告は対価支払の時期は買収令書の受領書及び対価支払の委任状が提出されたときこれを通知する取扱いであるから令書にその記載がなくても違法でない旨抗争するので、この点について判断する。

ところで対価の支払時期を令書の記載事項としたのは、自創法に基く買収処分が土地所有者の意思の有無に拘らず自作農創設の目的のために、強制的に国にその所有権を取得するものである点からみて対価は勿論その支払の時期、方法も書面上これを明らかにし、被買収者に買収対価の支払を明確ならしめようとしたものに外ならないから、支払時期の記載を欠く令書の交付は適法な令書の交付と解すべきではないと考える。

しかしながら、仮令令書に対価の支払時期の記載を欠く違法があつたとしても、このため被買収者の権利の擁護に大きな支障を生ずるとはいえないので、これをもつて直ちに右令書に基く処分を無効とする重大な瑕疵であると解することは到底できないから、原告のこの点に関する主張はそれ自体理由がないものといわなくてはならない。

三、以上何れの点からも、本件買収処分には、無効の瑕疵はないから、原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大島斐雄 田島重徳 浜秀和)

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